トン先生のコラム  徒然 その5


3 室生寺

 今年の五月の連休を利用して、奈良の室生寺に行ってきました。
幸い天気に恵まれ、電車から見える景色は気持ちの良いものでした。遠くの新緑に覆われた山は、春霞でぼんやり煙り、大地には満面の水を蓄えた水田が広がり、農家の人たちが総出で忙しそうに田植えをしている姿が見えました。
 もう少し経つとこの稲が成長して、水田は緑の絨毯のようになるのだなと想像しながら、だんだん夏が近づいていることが実感され、この時期ならではの気持ちよさを感じていました。

 室生寺は、近鉄線の駅、室生寺大野の近くにあります。京都から乗り継ぎも入れて2時間かかりました。電車を下りて、バスで約10分くらいで室生寺近くに着きますが、それから徒歩でまた10分。意外に山奥にあるのだな〜と、観光客の多い中、早歩きで室生寺を目指しました。太鼓橋を渡るとそこは室生寺の山門です。

 ご存知の方もおられると思いますが、室生寺は女人高野と言われ、一般には空海が開いたと伝えられている事で有名な寺です。土門拳氏がもっとも愛した寺としても名高い山寺です。 僕にとっては、土門拳氏の本を沢山読んでいたので一度行ってみたい寺だったのです。3年ほど前には高野山にも行っていたので、それと同じ感じなのかちょっと興味もありました。

 五重塔は、台風で壊された後新しく建立されており、凛として綺麗に聳え立っておりました。石楠花が両側に咲いている石段の下から見上げるのが一番綺麗でした。奥の院までの道は急勾配で結構体力が必要です。お年寄りで膝の悪い方はちょっときつい石段の登りです。僕も息を切らしながら、やっとの思いで登りきると、心地よい5月の青々とした風に包まれ、大変気持ちよく、景色を見ながらちょっと一休みしていました。

 室生寺全体は、なんだか京都、奈良市内のお寺と違った雰囲気があります。市内のお寺は確かに人間が作った建物という感じがするのですが、室生寺は、人間が建てた建造物ではあるのですが、もともとそこにあったような、自然の中に溶け込んでしまって、森の木々と同じような感覚を覚えました。不思議です。

 僕はお寺が好きで、京都、奈良の寺は結構巡っているのですが、室生寺の寺としての印象はそのもの自体が自然にあるという感覚があります。自然を敬い、恐れ、そして八百万の神々を深く信じるという、心の奥深くに存在する太古の日本人の宗教観がそこに住んでいる人々の中に確実にあるという感覚、そして、その上での信仰の対象としての室生寺が存在するという感覚があります。

 日本の地方の原風景の中に溶け込んでいる室生寺はとても魅力的なお寺でした。土門拳氏の写真集を見ると、氏もそんなところに惹かれたのではないかと思うに至りました。そういえば高野山奥の院の御廟もそんな印象を受ける場所でした。
 僕の好きなお寺がまた一つ増えて、ちょっと嬉しい気分で室生寺を後にしました。

 皆様もお時間があれば是非行ってみて下さい。ちょっと遠いですが、いいお寺ですよ。(2007.5.16)
   
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